豊臣秀吉の名言集

『豊臣秀吉』はこんな人

豊臣秀吉は、織田信長の草履取りから出世して、天下統一を果たした戦国武将です。合戦によって土地を奪うのではなく、朝廷を利用して関白になり、上意として大名たちを懐柔しました。成り上がりらしく、勝敗や成果にこだわった名言を多く残しています。

豊臣秀吉のイラスト

主人は無理をいうなるものと知れ

怖そうな上司にも可愛がられて、不思議と出世していく世渡り上手。「あいつは要領がいい」なんて言われながらも、どこか憎めない。そんな人がいたら、うまくやる秘訣(ひけつ)を聞きたいと思いませんか?
どうしたら喜ばれるのか、豊臣秀吉は肌感覚でそれがわかる人物です。

信長が進めた武力による天下制圧とは異なり、秀吉の天下統一は、仲間を増やしていく方法で達成されました。じゃまものは排除しますが、なるべく争わずに従わせる術で、頂点まで成り上がった傑物(けつぶつ)の言葉は、ものごとの本質に気づかせてくれます。

出世を極めた豊臣秀吉の名言には、現代にも通じるサクセス感があります。

サクッと読める短い名言

豊臣秀吉
豊臣秀吉の顔イラスト

主人しゅじんは無理むりをいうなるものと知しれ。

”上司が無茶を言うのは当たり前” という意味です。
クセがつよい織田信長に仕えていた、秀吉ならではの言葉です。上司の難しい要求に応えてこそ、出世の道がひらけるというもの。

豊臣秀吉
豊臣秀吉の顔イラスト

人ひとの意見いけんを聞きいてから出でる知恵ちえは、本当ほんとうの知恵ちえではない。

”自分の頭で考えなさい” という意味です。
誰かが言ったことを合わせて持論としたり、どこかで見聞きしたようなことをアレンジするのは、誰にでもできます。秀吉は、ひらめきの天才でした。

豊臣秀吉
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人ひとと物争ものあらそうべからず、人ひとに心こころを許ゆるすべからず。

”人と揉めない、馴れ合いにならない” という意味です。
相手に勝ったところで、その後も関係が続きます。後々を考えれば、争いは無益(むえき)です。かといって、他人と慣(な)れ合いになりすぎると、心の内を読まれてしまいます。

豊臣秀吉
豊臣秀吉の顔イラスト

戦たたかわずして勝かちを得えるのは、良将りょうしょうの成なすところである。

”傷つかずに成果を得るのがえらい” という意味です。
これぞ秀吉の真骨頂(しんこっちょう)です。殴り合わずに勝敗が決すれば、誰も傷つかずに済みます。なにが勝ちに値するのかを考えて、シンプルに成果を追いましょう。

豊臣秀吉
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敵てきの逃にげ道みちを作つくっておいてから攻せめよ。

”人を追い込みすぎてはいけない” という意味です。
たとえ勝っても、遺恨を残すようでは後がよろしくありません。追い詰めた相手から、思わぬ反撃を受けることもあります。その場合のリスクを考えましょう。

グッとくる深い名言

豊臣秀吉
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負まけると思おもえば負まける、勝かつと思おもえば勝かつ。逆ぎゃくになろうと、人ひとには勝かつと言いい聞きかすべし。

”気持ち次第でなんとかなる、周囲には勝つ空気が大事” という意味です。
弱気にならず、自分は勝てると思い込み、言い聞かせることです。モチベーターとしての秀吉は、戦に勝ったような雰囲気をつくるのがとても上手でした。

豊臣秀吉
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やるべき事ことが明確めいかくであるからこそ、日夜にちや、寝食しんしょく忘わすれて没頭ぼっとうできる。

”具体的な目標を設定すれば夢中で頑張れる” という意味です。
漠然(ばくぜん)と頑張っても、そのうちダレてしまいます。ゴールと期間を決めて取り組むことが大事です。たどりつきたい目標があるから、夢中になって頑張れます。

豊臣秀吉
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一歩一歩いっぽいっぽ、着実ちゃくじつに積つみ重かさねていけば、予想以上よそういじょうの結果けっかが得えられる。

”コツコツやってると大きな成果が出る” という意味です。
清洲城(きよすじょう)の普請(ふしん)や墨俣一夜城(すのまたいちやじょう)といった、超短期&最大成果をあげた秀吉も、積み重ねが大事と言っています。あっと驚くようなミラクルも、そこに至るまでの地道な努力や準備があればこそです。

ビジネスに使える名言

豊臣秀吉
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およそ主人しゅじんたるもの、一年いちねん使つかい見みて、役やくに立たたぬときは暇ひまを遣つかわし、家来けらいとしては、三年さんねん勤つとめて悪あししと知しらば、暇ひまをとること、法ほうなり。

”一年使ってダメなら解雇、三年勤めて見込みがない組織は辞める” という意味です。
いずれの場合にも芽が出ません。不向きな仕事をズルズル続けるよりも、さっさと決断するのが常識と言っています。

豊臣秀吉
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猿さる、日吉丸ひよしまる、藤吉郎とうきちろう、秀吉ひでよし、太閤たいこう、これもまた皆みなが嫌いやがるところでの我慢がまんがあったればこそ。

”他人が嫌がる仕事をしたから出世できた” という意味です。
誰もやりたがらないけど、誰かがやらなきゃいけない大事な仕事を、秀吉は率先してこなしました。仕事のリスクとリターンの大きさは比例します。失敗する確率が高い仕事は、皆が嫌がります。しかし、それを成功させたときのインパクトは特大です。

豊臣秀吉の辞世の句

豊臣秀吉の辞世の句として伝わる有名な短歌があります。「なにわ」の部分は、大坂城があった「浪速(なにわ)」とかけて、同音異義の掛詞(かけことば)になっています。

豊臣秀吉
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露つゆと落おち 露つゆと消きえにし わが身みかな なにはなにわのことも 夢ゆめしのまた夢ゆめ

”つゆのように生まれて、つゆのように消える、そんな人生だったなぁ。すべてのことは、夢のなかの出来事のようだった。”

一代で天下人にまで上りつめた豊臣秀吉は、一生を振り返って、夢のようだったと詠(よ)んでいます。その心情は、どこか寂しさを感じさせます。

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豊臣秀吉のハナシを読む

豊臣秀吉(羽柴秀吉、木下藤吉郎)は、現在の愛知県西部にあたる尾張国の武将・大名です。貧しい身分の出ですが、織田信長のもとで頭角を現し、出世していきました。信長の死後、巧みな手腕で全国の大名を従えていき、天下統一を果たします。天皇に次いで身分が高い、関白・太政大臣まで上りつめました。享年62。

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