戦国武将最強ランキング!勝率・戦績や逸話から強さを決定!

戦国武将最強ランキング!勝率・戦績や逸話から強さを決定!

戦国武将で最強なのは誰?ランキング形式でベスト10を紹介します。勝率や戦績で見たらあの武将の強さはどのくらい?みんなが気になる戦国武将最強を「総合」「勝率・戦績」「合戦数」で項目別にランキングにしました。とにかく強いエピソード、大逆転勝ちをした伝説など、戦国武将最強ランキングをお楽しみください。

最強の戦国武将にふさわしいベスト5はこの人たち

戦績、最大石高や立場・身分の伸(の)び幅(はば)、知名度などを加味し、独自に選定した最強戦国武将をランキングで紹介(しょうかい)します。

戦国好きならみんなが気になる「実際のところ、誰(だれ)が最強なのか」単純な強さだけでは決められないテーマに迫(せま)ります。

伸(の)び幅(はば)とは、キャリアをスタートさせた時点での立場や身分とピーク時を比較(ひかく)した差分です。誰(だれ)もが知っている、聞いたことがあるといった知名度も、現在に伝わる影響力(えいきょうりょく)の強さとして考慮(こうりょ)しています。

第5位「野心と戦略の虎」ただ強かっただけじゃない武田信玄

武田信玄のイラスト
武田信玄のハナシを読む

武田信玄(晴信)は、現在の山梨県にあたる甲斐国の武将・大名です。甲信地方に勢力を拡げて、最大版図は中部、関東におよびました。戦国最強と称された国力を誇り、上杉謙信との川中島の合戦は、戦国史のハイライトのひとつになっています。信長討伐軍を率いて上洛する最中、志なかばで急逝しました。享年53。

風林火山の旗を掲(かか)げて畏怖(いふ)された『甲斐(かい)の虎(とら)』武田信玄が第5位。

武田信玄の強さは、諜報(ちょうほう)活動や作戦立案能力によって戦う前に有利な状況(じょうきょう)をつくり出すことにあります。基本的に負けません。

戦いに強かっただけでなく、治水工事や鉱山の開発などで国力を底上げし、甲斐国(かいのくに)(山梨県)を豊かにしました。家臣のモチベーション管理も完璧(かんぺき)です。

武田信玄の能力チャート

63戦46勝、勝率92.0%
最大石高=120万石
伸び幅 ★★★☆☆
知名度 ★★★★★

ライバル・上杉謙信と5回も争い、引き分けた川中島の戦いがハイライト。

戦国最強の呼び声も多い武田信玄は織田信長も恐(おそ)れていた存在で、三方ヶ原の戦いでは徳川家康をフルボッコにして格の違(ちが)いを見せています。

第4位「ほぼ負けなし」神がかり的な強さで軍神と呼ばれた上杉謙信

上杉謙信のイラスト
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上杉謙信(輝虎、政虎、長尾景虎)は、現在の新潟県にあたる越後国の武将・大名です。領土拡大を目的とせず、義のために戦い、武田信玄や北条氏康を相手に出陣を繰り返しました。天才的な戦術、自ら先陣をきって敵陣に突入するなど、軍神と称されるカリスマ性もあり、ひくてあまたの最強助っ人でした。享年49。

『毘沙門天(びしゃもんてん)』『越後(えちご)の龍(りゅう)』こと、北方のカリスマ・上杉謙信が第4位。

大名なのに先頭を一騎駆(いっきが)けしていき、武田軍本陣(ほんじん)に単騎(たんき)で乗りこんで信玄を斬(き)りつけるなど、マンガみたいな戦い方をするのが上杉謙信の強さです。

自分には矢も当たらないと豪語(ごうご)しており、北条軍の前にひとりで出ていってお弁当を食べる大胆(だいたん)さ。鉄砲(てっぽう)の的になりますが、一発も当たりませんでした。

上杉謙信の能力チャート

71戦61勝、勝率96.8%
最大石高=170万石
伸び幅 ★★★★☆
知名度 ★★★★★

ライバル・武田信玄と5回も争い、引き分けた川中島の戦いがハイライト。

正義のために戦ったことで知られる上杉謙信は、信玄と全面的な抗争(こうそう)をしつつ、全盛期の北条氏康の関東支配を阻(はば)み、ほとんどの戦いに勝利しました。

第3位「前人未到の天下統一へ」主人公感ハンパない織田信長

織田信長のイラスト
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織田信長は、現在の愛知県西部にあたる尾張国の武将・大名です。桶狭間の戦いで今川義元の大軍をわずかな兵力で打ち破り、歴史の表舞台に鮮烈なデビューを飾ります。尾張一国から次第に勢力を拡大していき、天下統一まであと少しというところで家臣の明智光秀の謀反に遭い、燃えさかる本能寺で自刃しました。享年49。

天下布武=武力で天下統一を目指した風雲児・織田信長が第3位にランクイン。

経済力で軍事力を培(つちか)い、鉄砲(てっぽう)を合戦の主役にした織田信長は、敵より多い兵に優れた武器を持たせたのが強みです。

信長の合理的な発想は他の戦国大名とは大きく異なり、農民と兵士を分けたことで軍事行動のスピードがまるで違(ちが)いました。

織田信長の能力チャート

82戦59勝、勝率79.7%
最大石高=800万石
伸び幅 ★★★★★
知名度 ★★★★★

天下に最も近いといわれた今川義元を桶狭間(おけはざま)の戦いで討ち取ったのがハイライト。

信長の軍事作戦は長篠(ながしの)の戦いで完成し、武田勝頼に壊滅的(かいめつてき)なダメージを与(あた)えて武田氏を滅(ほろ)ぼしました。信長の登場によって、合戦のトレンドが変わったと考えられています。

第2位「一代で中国地方の覇者」頭脳でぶっちぎり毛利元就

毛利元就のイラスト
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毛利元就(多治比元就)は、現在の広島県西部にあたる安芸国の武将・大名です。尼子氏、大内氏の配下で力を蓄え、陶晴賢が起こした内乱に乗じて主家を滅ぼします。山陰と山陽の有力な国人の家督を息子たちに継がせ、磐石な支配体制を築きつつ、巧みな謀略で領土を拡げて、中国地方の統一を果たしました。享年75。

小さな国人から一代で中国地方を統一した毛利元就が第2位にランクイン。

謀略(ぼうりゃく)と奇襲(きしゅう)、戦いを創出して勝利するマエストロ。罠(わな)だとわかっていても乗せられてしまう巧妙(こうみょう)な策謀(さくぼう)が毛利元就の強さです。

あらゆる兵法を熟知しており、強大な敵に囲まれた環境(かんきょう)もなんのその。大内氏や尼子氏を倒(たお)して毛利氏を大大名に押(お)し上げました。

毛利元就の能力チャート

60戦49勝、勝率96.1%
最大石高=120万石
伸び幅 ★★★★★
知名度 ★★★★☆

大内氏を乗っ取った陶晴賢を厳島の戦いで自害させたのがハイライト。

大内義隆に従軍して負け戦があるものの、自らが指揮した戦いでは不敗です。そのため、毛利元就が最強と評価されることも少なくありません。

第1位「草履取りから天下人」戦国ドリームをつかんだ豊臣秀吉

豊臣秀吉のイラスト
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豊臣秀吉(羽柴秀吉、木下藤吉郎)は、現在の愛知県西部にあたる尾張国の武将・大名です。貧しい身分の出ですが、織田信長のもとで頭角を現し、出世していきました。信長の死後、巧みな手腕で全国の大名を従えていき、天下統一を果たします。天皇に次いで身分が高い、関白・太政大臣まで上りつめました。享年62。

織田信長の草履(ぞうり)取りから、関白(かんぱく)までのぼりつめた豊臣秀吉が堂々の1位です。

機を見る嗅覚(きゅうかく)が異常に発達していた豊臣秀吉は、ライバルを出し抜(ぬ)く行動力で常に先手を打ちました。魅力(みりょく)ある人柄(ひとがら)で優秀(ゆうしゅう)な家臣たちに支えられたのも強みです。

信長がつくった経済力ベースの大兵団を基盤(きばん)とし、敵を調略によって降伏(こうふく)させ、味方を増やす「戦わずに勝つ」手法で天下統一を果たします。

特に秀吉が得意としたのは城攻(ぜ)め。兵糧攻(ひょうろうぜ)め、水攻(ぜ)め、宴会(えんかい)を見せつけて戦意を削(そ)ぐなど、バリエーション豊富かつ奇想天外(きそうてんがい)な戦法で城を落としまくりました。

豊臣秀吉の能力チャート

143戦106勝、勝率82.8%
最大石高=222万石(直轄領)
伸び幅 ★★★★★
知名度 ★★★★★

織田信長を倒(たお)した明智光秀を山崎の戦いで敗走させたのがハイライト。

信長の死後、織田家で敵対する柴田勝家を攻(せ)め滅(ほろ)ぼし、四国征伐(せいばつ)で長宗我部元親を降し、九州征伐(せいばつ)で島津義久を投降させ、小田原征伐(せいばつ)で北条氏政を開城降伏(こうふく)させて天下を取ります。

豊臣秀吉が一連の戦いを制するまでに要したのは、わずか8年。最強と呼ぶにふさわしい圧倒的(あっとうてき)スピード感で天下人となりました。

最強の戦国武将ランキングは、立身出世で天下を取った豊臣秀吉が第1位!
最強の戦国武将ランキングのベスト10は以下のとおりです。

最強の戦国武将【総合】ランキング
順位 戦国武将 勝率  石高 
1位 豊臣秀吉 82.8% 222万石
2位 毛利元就 96.1% 120万石
3位 織田信長 79.7% 800万石
4位 上杉謙信 96.8% 170万石
5位 武田信玄 92.0% 120万石
6位 徳川家康 83.9% 240万石
7位 北条氏康 81.0% 250万石
8位 三好長慶 不明 200万石
9位 島津義久 不明 250万石
10位 長宗我部元親 79.7% 74万石

6位以下にも上位に負けず劣(おと)らない強い武将たちが並びます。

徳川家康は武田信玄に負けた以外に敗北なし、秀吉も恐(おそ)れた野戦名人です。北条氏康は足利氏や上杉氏をやぶって一夜にして関東の覇者(はしゃ)になりました。

三好長慶は信長より以前に鉄砲隊(てっぽうたい)を組織して中央政権を牛耳(ぎゅうじ)り、島津義久は四兄弟で九州制覇(せいは)まであと一歩に迫(せま)り、長宗我部元親は四国統一に王手をかけました。

勝率などの数字で見る最強ランキング、エピソードから見る最強ランキングはこの下!まだまだ続きます。

勝率・戦績、合戦数で見る最強の戦国武将

勝率は、引き分けを除いた合戦数から、勝った割合を算出しています。戦った回数や勝利数など、戦績がわかっている戦国武将を対象としたランキングです。

勝率・戦績:勝ちすぎトップ5

戦国武将【勝率・戦績】ランキング
順位 戦国武将 勝率  合戦での戦績
1位 吉川元春 100% 76戦 64勝 0敗 12分
2位 上杉謙信 96.8% 71戦 61勝 2敗 8分
3位 毛利元就 96.1% 60戦 49勝 9敗 2分
4位 加藤清正 94.4% 22戦 17勝 1敗 4分
5位 武田信玄 92.0% 63戦 46勝 4敗 13分

合戦数:戦いすぎトップ5

戦国武将【合戦数】ランキング
順位 戦国武将 合戦数
1位 豊臣秀吉 143戦
2位 織田信長 82戦
3位 吉川元春 76戦
4位 徳川家康 74戦
5位 上杉謙信 71戦

強さが語り継がれる最強の戦国武将

数的不利でも勝った最強の戦国武将

戦国武将最強ランキングは以上です。
このページで紹介(しょうかい)した戦国武将たちは、さまざまな観点から強さを導き出しています。このほかにも、強かったと名を残している戦国武将はたくさん存在します。

このランキングを通じて、戦国武将の魅力(みりょく)が伝わるとうれしいです。

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